概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・石垣あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
白旗山城(しらはたやまじょう)は、福岡県飯塚市相田(あいだ)から大字中にかけて広がる標高163メートル(比高約140メートル)の白旗山山頂部および派生尾根上に築かれた戦国時代の山城跡である。『福岡県の中近世城館跡I』や遺跡台帳、城郭放浪記等の専門台帳に登載されている。山頂の主郭を中心に尾根筋に沿って平坦な段状曲輪が連郭式に配され、曲輪縁辺部には切岸加工面や石垣(石積)遺構、尾根を断ち切る空堀・堀切が残存する。東麓には江戸初期の黒田藩御用窯である白旗山窯跡が隣接し、南麓には撃皷神社が鎮座する。遠賀川西岸の丘陵地帯に位置し、筑豊盆地(飯塚)から鞍手・直方方面へと抜ける街道筋や遠賀川の水陸交通路を一望する軍事的高山要衝に占地する。
歴史的役割
戦国大名・秋月氏が筑前嘉穂・穂波郡から鞍手・宗像方面へ向けて配置した北西防衛ラインの前線拠点・出城として機能した。東方の許斐山城や北方の葛山城、笠木山城(笠置山城)などと連携し、豊後大友氏や宗像氏、遠賀郡を領する麻生氏らの侵攻を警戒・監視する哨戒・迎撃拠点の重責を担った。天正年間における大友・秋月の激しい覇権抗争の中で軍事拠点として維持されたが、天正14年(1586年)から天正15年にかけての豊臣秀吉による九州平定および秋月種実の日向高鍋移封に伴い、役割を終えて自然廃城となったと推測される。江戸時代初期にはその麓が黒田藩の御用茶陶・高取焼の生産拠点(白旗山窯)として利用された。
見どころ
標高163mの白旗山山頂に造成された主郭平坦削平地および周囲を取り巻く急峻な切岸斜面、主郭周辺の法面等に確認できる石垣(石積)痕跡、尾根筋からの敵兵侵入を遮断する空堀および堀切遺構、尾根に沿って段階状に配された連郭式の曲輪群、山麓に鎮座する撃皷神社や国指定史跡級の白旗山窯跡に連なる歴史的立地環境、山頂部から遠賀川中流域・飯塚市街地・鯰田平野・福智山系を見晴らす山岳要塞ならではの眺望景観
ご当地グルメ
飯塚名物ホルモン鍋、筑穂牛ステーキ・焼肉、たまごかけご飯(飯塚銘品)、ひよ子本舗吉野堂銘菓、かます餅