概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
五位山城(ごいやまじょう)は、福岡県朝倉市長谷山から千手にかけてそびえる標高約300~350メートルの五位山山稜頂部および派生尾根上に築かれた戦国時代の山城跡である。『福岡県の中近世城館跡I』や遺跡台帳等に登載されている。秋月氏の本拠地・古処山城(標高859メートル)から北東へ連なる山岳地帯に占地し、小石原川上流域および千手・長谷山の山間集落、嘉麻方面へと抜ける八丁峠・山間連絡路を見下ろす要害に位置する。山頂の主郭を中心に尾根筋に沿って平坦な段状削平曲輪が連郭式に造成され、尾根基部を遮断する空堀・堀切や急峻な切岸加工面、土塁痕跡が残存する。東隣の長谷山城や南東の千手城・鼓岳城などと連動し、秋月本城北東背後の山岳防衛線を構成する重要な支城・物見砦として機能した。
歴史的役割
戦国大名・秋月氏が筑前・朝倉一帯を領有する中で、本拠地である古処山城の北東側山岳防御および嘉麻郡・豊前国境方面からの進軍路を警戒・監視するために配置した外郭支城・前哨要塞であった。長谷山・千手一帯は、朝倉と嘉穂盆地(嘉麻・飯塚)を直接結ぶ峠道や山間間道が通る戦略的隘路にあたる。豊後大友氏や毛利氏系勢力、境目の敵対勢力による山間部越境侵入を警戒し、接近時には狼煙や早馬によって古処山城本陣や千手城へ急報するとともに、山峡を封鎖して迎撃する任務を担った。天正14年(1586年)から天正15年にかけての豊臣秀吉による九州平定に際し、秋月種実の降伏と日向高鍋移封に伴い、城館としての役目を終えて自然廃城となった。
見どころ
五位山山頂部に削平された主郭平坦面および周囲を取り巻く急峻な切岸斜面、尾根筋からの敵兵侵入を遮断する空堀および堀切遺構、曲輪縁辺部に残存する土塁痕跡、派生尾根に沿って段階状に配された連郭式の段曲輪群、長谷山城や千手城・古処山城と連動した秋月氏山岳要塞ネットワークの縄張構造、標高約300m超の稜線部から長谷山・千手渓谷および古処山・嘉麻盆地方面の山並みを見渡す山岳哨戒拠点ならではの眺望景観
ご当地グルメ
朝倉蒸し雑煮、甘木川魚料理・川蟹、筑前クロダマル(黒大豆)料理、朝倉和牛・筑穂牛ステーキ、秋月葛料理(葛切り・葛餅)