概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
止々呂美城は、大阪府箕面市下止々呂美の余野川西岸にそびえる標高約308メートル(比高約130メートル)の通称「城山」山頂および尾根筋に築かれた中世山城跡である。摂津国から丹波国へ通じる要衝・丹波街道(現・国道423号)を眼下に扼する峻険な山塊に占地する。山頂の主郭を中心に南北の尾根沿いに細長い連郭状の平坦段(曲輪群)が展開し、尾根を遮断する堀切、斜面を切落とした切岸、主郭縁辺の土塁痕跡、斜面に刻まれた竪堀群などの土木遺構が山林内に良好に遺存している。大阪府の遺跡地図・埋蔵文化財包蔵地台帳に中世山城遺跡として登載されており、北摂山間部における国人領主の典型的な要害構造を現在に伝えている。
歴史的役割
室町時代から戦国期にかけて北摂の山間部を領有した在地領主・止々呂美(等々力)氏代々の居城と伝えられる。止々呂美氏は摂津・丹波境目の街道警備や余野川流域の支配を担い、有力国人である能勢氏や池田氏らと結びつきながら自立を保った。戦国時代後期には三好長慶や織田信長の上洛、荒木村重の北摂支配といった動乱の波に巻き込まれ、信長による荒木村重討伐戦(有岡城の戦い)の前後で周辺の城砦とともに改易・帰農、あるいは廃城になったと推測されている。江戸時代には城主の子孫とされる止々呂美氏が当地の庄屋・郷士として存続した。
見どころ
山頂主郭を取り巻く切岸地形、南北尾根筋を遮断する堀切および竪堀遺構、主郭縁辺に残る土塁状の高まり、丹波街道(現国道423号)と余野川渓谷を見下ろす天然の要害景観、山頂からの北摂山系パノラマ眺望
ご当地グルメ
もみじの天ぷら、止々呂美の実生ゆず加工品、箕面ビール、猪鍋(ぼたん鍋)、能勢うどん