概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 石垣あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
座喜味城(ざきみグスク)は、沖縄県中頭郡読谷村字座喜味に所在する読谷山丘陵の最高所(標高約125メートル)に築かれた琉球王国期のグスク(城郭)跡である。国の史跡、続日本100名城(199番)に選定、ユネスコ世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産。三山統一を推進した名将・築城家である読谷山按司の護佐丸が1420年頃に築城した。琉球石灰岩を精緻に加工した「布積み(相方積み併用)」の優美な城壁が波打つように巡り、一の郭と二の郭が連なる連郭式縄張を持つ。沖縄に現存する最古の石造アーチ門(中央にクサビ石を打ち込んだアーチ石門)が二重に配され、脆弱な赤土地盤を克服するため城壁基底部の幅を広げ厚みを持たせた構造力学的な工夫が施されている。発掘調査では中国産青磁・白磁や古瓦、鉄製品が出土し、高度な築城技術の粋を今日に伝える。
歴史的役割
第一尚氏王統の勢力拡大および三山統一の過程において、北山勢力の残党監視と西海岸の海上交通掌握を担う最重要軍事拠点として機能した。護佐丸はもともと今帰仁城の北山王に滅ぼされた山田城主の系統であったが、尚巴志の北山攻略(1416年)に協力して武功を挙げた。三山統一後、護佐丸は北山勢力の不穏な動きに備えるとともに中山王権の防衛線を固めるため、旧領の山田城を取り壊してその石材を運び、より要害性の高い座喜味の高台に本城を築いたとされる。その後、尚泰久王の命により勝連按司・阿麻和利を牽制するため護佐丸が中城城へ移封されると、グスクとしての第一線軍事機能は縮小した。沖縄戦では日本軍の高射砲陣地が置かれ城壁の一部が損壊、戦後も米軍のレーダー基地として接収されたが、1970年代以降の綿密な復元整備事業によって奇跡的に美しい往時の曲線石垣とアーチ門が甦った。
見どころ
琉球石灰岩を精緻に噛み合わせ沖縄最古の石造アーチ構造を伝える「一の郭・二の郭のアーチ石門(クサビ石工法)」、軟弱地盤を支えるため屏風状に大きく波打ち優美な曲線美を描く「布積みの高石垣(グスク城壁)」、敵を袋小路に誘い込み頭上から挟撃する「二の郭枡形虎口状空間」、城壁の崩落を防ぐため厚みを持たせ武者走りの役目も果たした幅広の「城壁天端構造」、城内最高所の一の郭から残波岬・東シナ海・慶良間諸島・伊江島・読谷村全域を一望する360度の大パノラマ、敷地内に併設され出土陶磁器や読谷の民俗資料を展示し続日本100名城スタンプが置かれた「世界遺産座喜味城跡ユンタンザミュージアム」、国指定史跡碑・世界遺産標柱・解説案内板