常陸国 武田氏館 [ TAKEDA-SHI RESIDENCE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 平安時代末期(12世紀初め)に、八幡太郎源義家の弟新羅三郎義光は、常陸国へ進出を図ったが、那珂川以南の地がすでに常陸平氏の支配下にあったため、長男の義業を久慈郡… 続きを読む »常陸国 武田氏館 [ TAKEDA-SHI RESIDENCE ]
居館とは、大名が生活や政治を行うために築いた屋敷や邸宅の総称です。
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 平安時代末期(12世紀初め)に、八幡太郎源義家の弟新羅三郎義光は、常陸国へ進出を図ったが、那珂川以南の地がすでに常陸平氏の支配下にあったため、長男の義業を久慈郡… 続きを読む »常陸国 武田氏館 [ TAKEDA-SHI RESIDENCE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 吉沼大坪館は栗崎城とは谷津を挟んで南側に位置しており、栗崎城の支城であったと推測されています。そして、吉沼地区には吉沼大坪館の他に、栗崎城、大祥寺城、館宿城、笠… 続きを読む »常陸国 吉沼大坪館 [ YOSHINUMAOOTSUBO RESIDENCE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 この館跡は標高18メートルの台地上に位置し、かつては三方に見沼の大湖沼が入り込み、天然の要害地を呈していた。ここには岩槻太田氏の家臣・松野氏が居城していたと伝え… 続きを読む »武蔵国 松野氏館 [ MATSUNO-SHI RESIDENCE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 和平館跡は、茨城県水戸市栗崎町に位置し、国道51号線の「栗崎」交差点から南に入り、芳賀神社の手前を東南に400メートルほど行った場所にあります。現在、和平館跡の… 続きを読む »常陸国 和平館 [ WADAIRA RESIDENCE ]
概要・現地案内板 昭和54年、山城研究家である伊藤正一氏による調査で、この館跡は中世の遺構であり、周囲に壕と土塁をめぐらし、広さはほぼ100メートル四方におよぶことが判明しました。この館に在館した武将の名は明らかではない… 続きを読む »越後 程島館
概要・現地案内板 ここを本拠として15代およそ370年間栄えた新津氏はこの地方唯一の武将で、新津の歴史は実質的には新津氏によって始まりました。金津に城を築いた金津資義の子である越前守信資が新津氏の始祖です。新津城は、山谷… 続きを読む »越後 新津城
概要・現地案内板 伊豆国(現在の静岡県)から源頼朝の命により地頭として派遣された大見一族の大見家久が文永2年(1256)、この下條に館を構え下條氏を名乗ることとなりました。館は、安野川の自然堤防上にあって丸の内と呼ばれる… 続きを読む »越後 下条城
概要・現地案内板 石橋城は、奥平2代貞久の次男、弾正久勝が最初の城主で、近辺の地名「石橋」を称し、三代貞昌の家臣となった。久勝の子、弾正繁昌は、天文6(1537)年9月、主君への謀反が露見し、4代貞勝の命を受けた土佐定雄… 続きを読む »三河 石橋城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 平安時代後期、源氏の祖、八幡太郎源義家の子義国、その子足利義康(足利氏祖)の二代にわたって堀と土塁を築いて邸宅としました。境内地(お堀の中全域と土塁及び外側の堀… 続きを読む »下野国 足利氏館 [ ASHIKAGASHI RESIDENCE ]
概要・現地案内板 「武田氏館」は、「躑躅ヶ崎館」とも呼ばれ、武田信玄の父、信虎が、永正16年(1519)に石和からこの地に、館を移したことから始まります。その後、信玄・勝頼と、武田家当主の館として使われました。そして武田… 続きを読む »甲斐 武田氏館