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100名城・続100名城 -
別称 久頭合城、笹ヶ峰城、高根城跡、水窪城
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 あり
標高 416m
最終訪問日 2024-02-10

📋 概要スペック

種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者奥山定益
築城年応永21年(1414年)頃
廃城年天正4年(1576年)頃
主な城主奥山氏、武田氏
指定文化財市町村区指定史跡

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿あり(主郭御殿・主殿木造復元)
現存櫓なし 再建櫓あり(井楼櫓木造復元)
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門あり(大手門・搦手門等木造復元)
現存土塀なし 再建土塀あり(木柵・柵列復元)
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:416m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

高根城(たかねじょう)は、静岡県浜松市天竜区水窪町地頭方の水窪川と翁川が合流する標高約420メートル(比高約150メートル)の笹ヶ峰山頂に位置する中世山城跡である。「久頭合城」とも称され、浜松市指定史跡、続日本100名城に選定。秋葉街道(青崩峠越え・信州往還)を眼下に扼する軍事交通の要衝に占地する。山頂の本曲輪を中心に、北東尾根および南西尾根上に複数の郭が連郭式に造成され、大規模な堀切や土塁、帯曲輪、切岸が配された。平成4年(1992年)から実施された発掘調査により、掘立柱建物跡、井楼櫓跡、門跡、柵列跡が明確に検出され、出土した柱穴痕跡に忠実に基づいて本曲輪御殿(主殿)、井楼櫓、大手門、木柵などが中世山城の姿そのままに木造復元された。全国的にも稀有な「中世戦国期山城の復元整備モデル」として高く評価されている。

⚔️ 歴史的役割

南北朝時代から室町初期にかけて遠江奥山郷に入部した在地土豪・奥山定益(奥山氏)によって応永21年(1414年)頃に築かれたとされる。戦国期には今川氏の勢力下に入ったが、元亀3年(1572年)の武田信玄による西上作戦(遠江侵攻)に際し、奥山氏は武田方に降り、信玄の重臣・山県昌景や秋山虎繁らの部隊が秋葉街道を南下する際の重要な兵站拠点・補給路として再整備された。武田氏の手によって堀切の深化や大手枡形、井楼櫓が構築され、遠州中南部(三方ヶ原・浜松方面)および三河へ向かう軍事連絡線が確保された。天正3年(1575年)の長篠の戦い以降、徳川家康の反攻によって武田勢が北退し、天正4年(1576年)頃に徳川軍によって攻め落とされて廃城となったと推測される。

👀 見どころ

発掘調査成果に基づいて中世山城の姿を忠実に再現した木造復元井楼櫓および本曲輪主殿(御殿)、復元された大手門・搦手門・冠木門および板塀・木柵列、本曲輪と北出丸を鋭く遮断する深さ約6mの大堀切遺構、山麓の水窪川低地に向かって落ち込む峻険な切岸斜面、本曲輪縁辺を取り巻く土塁および集水井戸跡、標高420mの山頂主郭から水窪市街・秋葉街道(信州往還)・南アルプス深南部の山並みを見下ろす要害絶景パノラマ

🍲 ご当地グルメ

水窪じゃがた料理(栃もち・串焼き)、ヤマメ・アマゴ塩焼き、猪肉・鹿肉ジビエ料理、信州・遠州手打ちそば、水窪トチの実スイーツ


概要・現地案内板

高根城は、遠江最北端に位置する山城で、主要街道を押さえることと、信遠国境警備を目的として築かれた城です。
15世紀前半に奥山氏が築いたと考えられ、今川配下であったあったと思われるが、
今川家没落と武田氏・徳川氏の台頭があった永禄年間後半頃に大きく変化がありました。
しかし、奥山氏内部で、今川・徳川・武田のどこに組するかで内部分裂が起こり、
奥山惣領家が滅亡し、最終的に武田配下に組み込まれた可能性が高い。
1576年(天正4年)遠江から武田勢力が一掃されると高根城も廃城となりました。


城犬のおいど 攻城記録


高根城入口


高根城概略図


高根城公園駐車場


大手口


倉庫


主殿


井楼櫓


この建物は、永禄年間末(1569~76)頃武田信玄・勝頼によって建てられた物見のための櫓です。

虎口


小郭間は木橋によって接続され、三の郭から続く城内道を規制する役目もありました。この場所は本郭の狭間から格好の標的となる位置です。

二の郭


二の郭への木の階段が使えないので登れません。

三の郭


切岸


敵兵が登ることができないような急な土塁の壁です。

箱堀


底部が平らになって箱のような形をした堀りで、堀底が広く守備兵が走りやすくなっています。

丸馬出土塁


虎口の前面を防御する小曲輪の事を馬出しと言う。方形の角馬出し、半円形を丸馬出し。丸馬出しは武田流策城術の特徴である。
※現地看板より

 

薬研堀


二重堀切


三の郭の南側に位置する最終の堀が二重堀切です。

城外


水窪総合体育館


御城印はこちらで購入できます。


🧭 周辺10km圏内の城郭(0城)

※半径10km以内に登録されている他の城郭はありません。

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

JR飯田線向市場駅から徒歩約25分、またはJR水窪駅から徒歩約30分(水窪町地頭方・笹ヶ峰山頂一帯、標高約420m、比高約150m)

車でのアクセス

新東名高速道路 浜松浜北ICから国道152号経由で北へ車で約1時間15分、または三遠南信自動車道 鳳来峡ICから約1時間

駐車場

有(高根城跡登城口駐車場、無料約10台)

📍 周辺地図

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