コンテンツへスキップ

再建建造物なし

甲斐 谷村城

概要・現地案内板 谷村城は、寛永10年(1633)に谷村藩主となった秋元泰朝により整備されました。「甲州谷村城絵図」には当時の谷村城と城下が描かれており、現在の谷村第一小学校付近に置かれた主郭(本丸)を中心に、市役所から… 続きを読む »甲斐 谷村城

甲斐 新府城

概要・現地案内板 新府城は、天正10年3月織田軍の侵攻を前に、武田勝頼自ら火を放って東方郡内領岩殿城を指して落ちていった武田家滅亡の歴史を伝える悲劇の城跡である。本城は南北600メートル、東西550メートル、外堀の水準と… 続きを読む »甲斐 新府城

甲斐 武田氏館

概要・現地案内板 「武田氏館」は、「躑躅ヶ崎館」とも呼ばれ、武田信玄の父、信虎が、永正16年(1519)に石和からこの地に、館を移したことから始まります。その後、信玄・勝頼と、武田家当主の館として使われました。そして武田… 続きを読む »甲斐 武田氏館

相模 石垣山城

概要・現地案内板 石垣山城は、天正18年(1590)、天下統一を目指す豊臣秀吉が小田原北条氏の本城である小田原城を水陸16万の大群を率いて包囲し、その本陣として築城されました。完成と同時に周囲の樹木を伐採し、あたかも一夜… 続きを読む »相模 石垣山城

越中 増山城

概要・現地案内板 城は、立地条件によって平城、平山城、山城に分類されますが、増山城は典型的な山城です。山城は、山そのものに普請(土木工事)を加え、郭や堀などの防御施設を作り出すタイプのお城です。富山県内には大小400以上… 続きを読む »越中 増山城

伊豆 山中城

概要・現地案内板 山中城は、小田原に本拠地を置いた後北条氏が、永禄年間である1560年代に小田原防備の為に創築した城郭となる。1589年の豊臣秀吉の小田原征伐に備えて、急ぎ西之丸や出丸等の増築が始まり、翌1590年3月に… 続きを読む »伊豆 山中城

越中 高岡城

概要・現地案内板 高岡城は、加賀前田家二代当主前田利長が、自らの隠居城として、慶長14年(1609)に築城した城であり、小矢部川と庄川に挟まれた高岡台地上に位置する。慶長14年利長は、居城である富山城が焼失したため、新た… 続きを読む »越中 高岡城

甲斐 要害山城

概要・現地案内板 要害城は、永正17年(1520)に武田信虎が築いた山城です。居館と政庁を兼ねた武田氏館に対し、緊急時に立てこもる詰の城としての役割を担っていました。信虎・信玄・勝頼と三代にわたって利用され、武田氏滅亡後… 続きを読む »甲斐 要害山城

伊豆 韮山城

概要・現地案内板 明応2年(1493)、伊豆に侵攻した北条早雲(伊勢新九郎盛時)によって本格的に築城され、およそ100年にわたって存続した中世城郭。早雲は、韮山城を本拠地として伊豆から関東地方へ進出し、戦国大名北条氏の基… 続きを読む »伊豆 韮山城

伊豆 長浜城

概要・現地案内板 戦国時代の水軍の拠点の多くは、陸地から離れた島に築かれていますが、この長浜城は全国的にも珍しい山城の特徴を持つ水軍の城で、海側と陸側で見所が異なります。海側には、最も高い所にある第一曲輪を中心に、海と山… 続きを読む »伊豆 長浜城

トップへ戻る