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御城印取扱なし

肥前 陣の森城

おいど攻城記録 陣の森城跡・小路遺跡 肥前千葉氏の一族である徳島氏は、永正年間(1504年~1520年)に芦刈町の浜中と小路(陣の森、蝮森、珍の山とも呼ばれた)に館を築き、千葉氏に次いで龍造寺氏・鍋島氏に仕えた。 一族の… 続きを読む »肥前 陣の森城

武蔵 山口城

おいど攻城記録 山口城址通り 山口氏について平安時代の末期に村山頼任の孫にあたる家継は、この地に移り住んで地名の山口が名字になりました。山口氏は「保元物語」や「吾妻鏡」などの歴史書にもその名が記されており、武蔵武士の一員… 続きを読む »武蔵 山口城

武蔵 松野氏館

概要・現地案内板 この館跡は標高18メートルの台地上に位置し、かつては三方に見沼の大湖沼が入り込み、天然の要害地を呈していた。ここには岩槻太田氏の家臣・松野氏が居城していたと伝えられる。松野氏は天正18年(1590)4月… 続きを読む »武蔵 松野氏館

武蔵 中丸城

概要・現地案内板 南北朝時代の1352年頃、春日八郎行元によって築かれたと伝えられています。観応の擾乱では足利尊氏側に属し、その功績によって足立郡内の地を領しました。戦国時代には春日兵庫助景定が岩槻城主太田資正に仕え、岩… 続きを読む »武蔵 中丸城

武蔵 中城

概要・現地案内板 中城は、中世の土豪、猿尾氏の居城で中城跡といわれている。城内には記念碑や慰霊碑、仙覚律師遺跡などがあるが、城についての詳細は分かっていない。土塁や空堀はきれいに残されている。 城犬のおいど 攻城記録 陣… 続きを読む »武蔵 中城

武蔵 福岡城

概要・現地案内板 下福岡城山公園を含む一帯は城山と呼ばれ、江戸時代後期成立の「新編武蔵風土記稿」では、後北条氏家臣富永善左衛門の居館であろうと記載されています。また、「城山と富永善左衛門」/井田実著(市史調査報告書第7集… 続きを読む »武蔵 福岡城

武蔵 花園城

概要・現地案内板 当城址は標高208m中世期の蓮格式縄張による丘陵城郭の典型的山城で築城は室町末15世紀後半と推定される詰の城である。往昔武州藤沢郡藤田郷領主の本城で別名を藤田城と言う。新花園城主の系譜は皇統常代敏達帝二… 続きを読む »武蔵 花園城

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