概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
岡城は、福岡県遠賀郡岡垣町吉木西一丁目の県道288号線沿いに位置する標高約40メートル(比高約30メートル)の独立丘陵上に築かれた中世平山城(丘城)跡である。岡垣町指定史跡(岡垣町指定文化財)に指定され、町内に現存する唯一の中世城郭跡とされる。丘陵最高所に本丸を配し、その北東斜面下段に二の丸、さらにその下段に三の丸が階段状(階郭式)に展開する。石垣は用いられず、岩質の急峻な自然地形を切落とした切岸や土塁、南尾根の堀切、西麓の虎口土塁などの土木構造が良好に遺存している。山麓東側には城主・麻生氏の菩提寺である隆守院が建立されており、登城道や解説板が整備されている。
歴史的役割
室町中期の文明年間の終わり頃、遠賀郡一帯を支配した有力武士団・宇都宮流麻生氏の麻生遠江守家延(家信)によって築かれたと伝わる。花尾城合戦を経て周防の大内氏と和睦した家延が「岡ノ荘二十八ヶ村」を安堵され、領内統治の本拠として築城した。家延から3代後の麻生隆守の代、豊後大友宗麟の勢力拡大に伴い大友方家臣の瓜生左近大夫貞延らによる猛攻を受け、岡城は落城。隆守は内海の海蔵寺へ逃れて自刃し、岡麻生氏は滅亡した。北九州の響灘沿岸および宗像地域と遠賀川流域を結ぶ交通幹線を扼する軍事拠点として機能した。
見どころ
本丸・二の丸・三の丸が階段状に連なる明瞭な段郭遺構と急峻な切岸地形、南側尾根筋を断ち切る堀切遺構、西麓登城口付近に残存する土塁を伴う虎口跡、城主・麻生隆守の菩提を弔うため建立された隆守院境内の石仏群と岡垣町指定史跡解説板、山頂本丸から吉木・三吉地区の田園や響灘方面を望む眺望
ご当地グルメ
岡垣ビワ、高倉びわゼリー、ぶどうの樹ワイン・ソーセージ、波津海岸活イカ料理、八幡ぎょうざ