概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | あり(正門・裏門アーチ石門修復保存) |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
中城(なかぐすく)は、沖縄県中頭郡中城村字泊および北中城村にまたがる中城湾を見下ろす琉球石灰岩の険峻な断崖上(標高約160メートル、比高約150メートル)に築かれた中世大型グスク(山城)跡である。「中城グスク」とも称され、ユネスコ世界文化遺産(琉球王国のグスク及び関連遺産群)、国指定史跡、日本100名城に選定。14世紀中頃に先代中城按司が南郭・一の郭・二の郭を築造し、15世紀中頃に読谷座喜味から移封された築城の名手・護佐丸が三の郭・北の郭を増築して完成させた。連郭状に連なる全6つの郭を美しい曲線を描く琉球石灰岩の石垣が包囲する。野面積み(南郭)、布積み(一の郭・二の郭)、相方積み(三の郭・北の郭)というグスク石垣の進化過程を同一城郭内で観察できる日本唯一の遺構であり、ペリー提督が一行を派遣して調査させ、その高度なアーチ石造建築技術を絶賛したことでも名高い。
歴史的役割
琉球王国統一を推し進めた第一尚氏王統において、勝連城の有力按司・阿麻和利の反乱を牽制・監視する最重要軍事拠点として機能した。国王・尚泰久の命により護佐丸が座喜味城から移り、強固な防衛要塞へと拡張改修。しかし康正4年(1458年)、王権打倒を画策する阿麻和利の讒言を信じた王府軍と阿麻和利の連合軍に城を包囲され、忠臣であった護佐丸は王府軍への反逆を潔しとせず城内で自刃した(護佐丸・阿麻和利の乱)。護佐丸滅亡後は王府直轄となり、尚元王代には世子(中城王子)の領地として維持され、廃藩置県まで中城間切の番所などが置かれた。沖縄戦では激戦地となりながらも奇跡的に城壁の大部分が倒壊を免れ、琉球のグスク群の中で最も原形を留める貴重な歴史遺構として保存・継承されている。
見どころ
琉球石灰岩を精緻に噛み合わせた相方積み(亀甲乱積み)の極致を示す「三の郭(新城)石垣」、ペリー艦隊探検隊も精巧な石造技術に驚嘆した美しい楔石構造の「裏門(アーチ石門)」および「正門」、布積み・野面積み・相方積みの変遷を一度に比較できる「全6郭の長大な曲線石垣群」、護佐丸が自刃したと伝わる「一の郭(旧中城間切番所・中城村役場跡)」および拝所が点在する聖域「南郭」、城内への水供給を支えた貴重な「ウフガー(大井)」「カンジャーガマ(鍛冶屋跡)」、標高160mの主郭からエメラルドグリーンの中城湾・勝連半島・太平洋を一望する壮大なパノラマ展望、世界遺産記念碑・国指定史跡碑・案内板
ご当地グルメ
中城特産島大根料理(煮物・漬物)、沖縄そば(軟骨ソーキそば・中城アーサそば)、ゴーヤーチャンプルー定食、中城産パパイヤイリチー、ちんすこう・サーターアンダギー