概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | あり(正殿、北殿、南殿・番所、書院・鎖之間等木造等復元・再建工程中) |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | あり(物見台・櫓機能を持つ物見台木造等復元) |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | あり(園比屋武御嶽石門/世界遺産・国指定重要文化財) | 再建門 | あり(歓会門、瑞泉門、漏刻門、広福門、奉神門、久慶門、継世門等木造・石造復元) |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | あり(下之御庭周辺・御庭周辺土塀等復元) |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 水堀あり・空堀あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
首里城(しゅりじょう)は、沖縄県那覇市首里金城町一丁目に所在する那覇盆地を見下ろす琉球石灰岩の高台(標高約120〜130メートル、比高約100メートル)に築かれた琉球王国最高の中枢城郭跡である。「首里グスク」とも称され、ユネスコ世界文化遺産(琉球王国のグスク及び関連遺産群)、国指定史跡、日本100名城に選定。14世紀後半の三山時代に築かれ、15世紀初頭に三山を統一した尚巴志が中山王国の居城として拡張整備した。内郭と外郭からなる二重の強固な城壁に囲まれ、琉球石灰岩を精緻に積み上げた相方積みの美しい曲線石垣が連なる。中心部の「御庭(ウナー)」を取り囲むように、中国と日本の建築様式を融合させた絢爛豪華な正殿、北殿、南殿が配された。世界遺産に登録されている「首里城跡」の本体は地下に遺存する中世以来の石積み遺構群であり、琉球独自の政治・文化・宗教儀礼の舞台としての類まれな価値を証明している。
歴史的役割
琉球王国の歴代国王が居住し、行政・外交・貿易・宗教儀礼を統括した王国の中枢として約450年間にわたり機能した。中国(明・清)の冊封使を迎える儀礼空間であり、薩摩藩の在番奉行所を受け入れつつ東アジア海域世界を結ぶ「万国津梁」の国際交易国家を支えた。幾度かの火災と再建を繰り返したが、明治12年(1879年)の琉球処分により最後の国王・尚泰が城を明け渡して廃城となった。昭和20年(1945年)の沖縄戦では日本軍第32軍司令部壕が地下に置かれたため、米軍の艦砲射撃と激しい地上戦により地上建造物が壊滅。戦後は琉球大学キャンパスを経て1992年に正殿等が鮮やかに復元された。2019年10月の火災により正殿をはじめ主要7棟を焼失したが、伝統技術と叡智を結集した正殿木造復元事業が着実に推進され、不屈の歴史を紡ぎ続けている。
見どころ
世界遺産に登録された本殿地下に残る創建当時の基壇・石積み遺構「首里城正殿遺構」、琉球石灰岩を精緻に組み上げた優美な曲線美を誇る「内外郭石垣群(歓会門・久慶門周辺)」、国王の外出時に安全を祈願した国指定重要文化財「園比屋武御嶽石門(世界遺産)」、龍の彫刻が施された樋から湧き出る名水「龍樋」と「瑞泉門」、正統な琉球王朝文化を象徴する朱塗りの城門「守礼門」、那覇市街・東シナ海・慶良間諸島まで一望できる城内最高所の展望所「東のアザナ(物見台)」、王朝時代の庭園文化を伝える「京の内(御嶽・聖域)」、復元過程を間近に見学できる「見せる復興」施設、国指定史跡碑・案内板
ご当地グルメ
首里そば(手打ちコシ強ちぢれ麺・透明豚骨鰹出汁)、沖縄そば(本ソーキそば・三枚肉そば)、ラフテー・ミミガー料理、あぐー豚しゃぶしゃぶ・とんかつ、首里名物のむーちー・ちんすこう・泡盛(首里古酒)