越後 東島城
概要・現地案内板 この山頂には本丸跡があり、南東の尾根伝いには深い二重の空濠が掘られています。その他にも二の丸や根小屋など中世山城の遺構をよくとどめられており、これは戦国時代に新津氏が有事の際に備えた要害と推定されます。… 続きを読む »越後 東島城
概要・現地案内板 この山頂には本丸跡があり、南東の尾根伝いには深い二重の空濠が掘られています。その他にも二の丸や根小屋など中世山城の遺構をよくとどめられており、これは戦国時代に新津氏が有事の際に備えた要害と推定されます。… 続きを読む »越後 東島城
概要・現地案内板 花咲城は、北側はゴルフ場への車道、南側は中央自動車道、主郭には諏訪神社が鎮座する山稜の先端部にある。ゴルフ場への道路の設営によって分断され、本来は、地続きであったものと思われるが遺構は削られ、改変されて… 続きを読む »甲斐 花咲城
概要・現地案内板 勝山城は、文禄3年(1594)に浅野左衛門氏重によって築城されたと「甲斐国志」に記されている。当時、甲斐国には、江戸の徳川家康に対する備えとして、豊臣秀吉の一族浅野長政が配されていたが、浅野左衛門氏重は… 続きを読む »甲斐 勝山城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 白川城跡は、白河市街の南東の丘陵上に築かれた中世城館跡です。空堀跡や土塁跡、平場の遺構が良好に残り、鎌倉時代から戦国時代にかけて、白河地方を治めた白河結城氏の本… 続きを読む »陸奥国 白川城 [ SHIRAKAWA CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 久留里城は「城成就して、3日に一度づゞ雨降ること21度なりしかば」(『久留里記』)と言う説から、別名を「雨城」と言います。戦国期の16世紀中頃、西上総地方は真里… 続きを読む »上総国 久留里城 [ KURURI CASTLE ]
概要・現地案内板 伊奈城は、昭和54年に確認された城跡(砦)である。詳しい史料は無く、城主など一切の歴史も不明である。 当地の歴史・地理か推察すると後北条氏の城郭であると思われ、戦国時代、北条氏照によって支配を受けた時代… 続きを読む »武蔵 伊奈城
概要・現地案内板 檜原城の築城・城主などについては不明なところが多いが、少なくとも戦国期の後北条氏時代後半に戦略上の理由からこの地に築かれ利用されたものと考えられる。天正18年(1590)豊臣・徳川両軍の関東侵攻の折には… 続きを読む »武蔵 檜原城
概要・現地案内板 天神山 島屋敷の東なり。天満天神の社ありしが、いまは野川村へ移せり。その旧跡なり。古えは梅の大木ありしが、いまは枯れて朽根ばかり残れり。又云東西に堀切の空湟あり。 ※現地看板より 城犬のおいど 攻城記録… 続きを読む »武蔵 天神山城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 ここ名胡桃城は、群雄割拠の戦国時代を勇猛に駆け抜けた真田昌幸が築いた上野国利根郡の山城で、10年ほどの歴史にもかかわらず、ここを舞台とした小さな事件が乱世を終わ… 続きを読む »上野国 名胡桃城 [ NAGURUMI CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 唐沢山城は、佐野市の北、高さ240メートルの山全体をいい、往時の広さ550町歩と云われ、周囲を急崖にかこまれ、眺望は、関東平野を一望に、遠く北より日光連山、西に… 続きを読む »下野国 唐沢山城 [ KARASAWAYAMA CASTLE ]