コンテンツへスキップ

復元物なし

武蔵 由木城

概要・現地案内板 武州滝山城主大石源左衛門尉定久の居館があったといわれ、由木城とも呼ばれてる。定久はのちに隠居し「心月斎(真月斎)」と名のり、この一帯100万㎡の広大な地を永林寺々領としたという。このあたり野猿峠までを殿… 続きを読む »武蔵 由木城

阿波国 一宮城 [ ICHINOMIYA CASTLE ]

城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 一宮城は、前方に鮎喰川、後方に険しい山々がそびえ立つ自然の要害に築かれた大規模な山城であった。現在では、標高144メートルの本丸跡に石塁が残っており、その他、明… 続きを読む »阿波国 一宮城 [ ICHINOMIYA CASTLE ]

武蔵 平塚城

概要・現地案内板 平塚神社付近は、平安時代に豊島郡を収める郡衙のあった場所だと推定されていますが、平塚明神並びに別当城官寺縁起絵巻の伝承によれば、この時代の末期には、秩父平氏庶流の豊島太郎近義という人物が平塚城という城館… 続きを読む »武蔵 平塚城

武蔵 滝野川城

概要・現地案内板 石神井川沿いの金剛寺付近を中心に、この地の名族豊島氏の平塚城の支城であったと考えられる。文明9年(1477)太田道灌と戦い、本家豊島氏とともに滅亡し、廃城となる。また、源頼朝がかつて鎌倉へ向かう途中、こ… 続きを読む »武蔵 滝野川城

遠江 曳馬城

概要・現地案内板 鎌倉時代の浜松は、「ひきま(ひくま)」と呼ばれる町でした。現在の馬込川が天竜川の本流にあたり、西岸に町屋が発達しました。「船越」や「早馬」はこの頃の地名です。戦国時代、この町を見下ろす丘の上に引間城が築… 続きを読む »遠江 曳馬城

武蔵 稲付城

概要・現地案内板 稲付城跡は現在の静勝寺境内一帯あたりに太田道灌が築城したといわれている戦国時代の砦跡です。1987年に静勝寺南方面で行われた発掘調査によって、1582年頃に普請されたとみられる城の空堀が確認されました。… 続きを読む »武蔵 稲付城

トップへ戻る