コンテンツへスキップ

城址碑あり

遠江 曳馬城

概要・現地案内板 鎌倉時代の浜松は、「ひきま(ひくま)」と呼ばれる町でした。現在の馬込川が天竜川の本流にあたり、西岸に町屋が発達しました。「船越」や「早馬」はこの頃の地名です。戦国時代、この町を見下ろす丘の上に引間城が築… 続きを読む »遠江 曳馬城

甲斐 新府城

概要・現地案内板 新府城は、天正10年3月織田軍の侵攻を前に、武田勝頼自ら火を放って東方郡内領岩殿城を指して落ちていった武田家滅亡の歴史を伝える悲劇の城跡である。本城は南北600メートル、東西550メートル、外堀の水準と… 続きを読む »甲斐 新府城

甲斐 武田氏館

概要・現地案内板 「武田氏館」は、「躑躅ヶ崎館」とも呼ばれ、武田信玄の父、信虎が、永正16年(1519)に石和からこの地に、館を移したことから始まります。その後、信玄・勝頼と、武田家当主の館として使われました。そして武田… 続きを読む »甲斐 武田氏館

相模 石垣山城

概要・現地案内板 石垣山城は、天正18年(1590)、天下統一を目指す豊臣秀吉が小田原北条氏の本城である小田原城を水陸16万の大群を率いて包囲し、その本陣として築城されました。完成と同時に周囲の樹木を伐採し、あたかも一夜… 続きを読む »相模 石垣山城

トップへ戻る