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遺構なし

伊豆 丸山城

概要・現地案内板 丸山城の原型は、海岸に独立する丸山だけで完結した小さな海賊城であったと推定されているが、その築城年代は不詳である。室町時代中期、土肥高谷城主富永氏が西伊豆一帯に勢力を伸張するにおよび、丸山城も高谷城の支… 続きを読む »伊豆 丸山城

伊豆 一色陣屋

概要・現地案内板 白浜板戸の一色の海岸沿いに天保年間(1830~44)に建てられたという沼津清水藩の陣屋があったと伝わる。弘化4年(1847)に作られた白浜村絵図には御役所・御屋鋪・兵粮蔵・武器蔵・焔硝蔵などが記され、常… 続きを読む »伊豆 一色陣屋

伊豆 伊東館

概要・現地案内板 伊東を発祥の地として全国に広がった伊東氏は、平安時代末期に、ここに住み着いた藤原南家工藤氏に始まるといわれます。曽我兄弟の祖父伊東祐親の二代前、伊東家次が初代と考えられています。伊東家は、以後鎌倉時代を… 続きを読む »伊豆 伊東館

伊豆 網代城

概要・現地案内板 網代城は肥後の菊池氏の一族である聞間七郎太夫によって築かれたと伝わる。天正17年(1589)に、安房の里見義頼が攻め寄せた際、城主・岡本善左エ門が攻撃を防いだ記録が残っているが、伝承であって事実かどうか… 続きを読む »伊豆 網代城

常陸 多賀谷城

概要・現地案内板 多賀谷氏は、初代氏家が現在の多賀谷城跡公園の一部に本丸を構え、隣国豪族を攻めて、その勢力下に置くほか、小田原北条氏政勢の再来を撃退するなど、7代にわたり147年間下妻城主として常陸地方に栄えていた。慶長… 続きを読む »常陸 多賀谷城

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