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100名城・続100名城 -
別称 師岡城、要害山、城山、勝沼城跡
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 214.7m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別城郭
縄張平山城
曲輪配置連郭式・梯郭式複合
築城者三田重長(三田綱秀、師岡将景改修)
築城年鎌倉時代末期(正慶・元弘年間・1330年代頃三田氏、戦国期大改修)
廃城年天正18年(1590年)八王子城落城・小田原征伐に伴い廃城
主な城主三田氏、師岡氏、後北条氏
指定文化財都道府県指定史跡

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:214.7m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

勝沼城(かつぬまじょう)は、東京都青梅市東青梅六丁目に所在する霞川北岸の標高約225メートル(比高約45メートル)の加治丘陵南端突出部に築かれた中世屈指の平山城跡である。東京都指定史跡(「勝沼城跡」)。鎌倉末期から室町期にかけて杣保を治めた平姓秩父氏一族・三田氏累代の本拠地城郭である。霞川と北小曽木川の開析谷に挟まれた天然の要害地形に位置し、最高所の本丸(主郭)を中心に二の丸、三の丸、西郭などの郭群を尾根筋に沿って階段状・連郭状に配置。主郭と二の丸間を断ち切る深さ約8メートル・幅約12メートルに及ぶ圧巻の二重堀切(大空堀)、主郭を取り巻く重厚な土塁、斜面を削り落とした威圧的な切岸、虎口遺構、湧水井戸跡が山林内に極めて良好に遺存する。三田氏滅亡後は北条氏照家臣の師岡将景が入り改修。中世東国における地域領主から戦国大名権力への移行過程を明瞭に留める貴重な遺跡である。

⚔️ 歴史的役割

中世武蔵国杣保(奥多摩・西多摩一帯)の政治・軍事・経済の中枢であり、青梅街道および秩父・甲斐方面へ結ぶ交通の要衝を統制した。名族・三田氏は鎌倉幕府御家人以来の有力土豪で、当城を本拠として一帯に強大な勢力を誇った。戦国時代後期、小田原の後北条氏が武蔵侵攻を本格化させると、当主・三田綱秀は上杉謙信に属して北条氏に徹底抗戦を表明。本城である当城からより峻険な詰城・辛垣城へ拠点を移して防戦したが、北条氏照の猛攻により永禄4年(1561年)から同6年頃に辛垣城が落城し三田氏は滅亡した。その後、北条氏照は重臣の師岡将景(勝沼衆)を勝沼城に配置し、北関東・甲斐境目の防衛前線として大改修させた。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、師岡一族が八王子城に合流して防戦・討死し、当城も豊臣軍により破却され廃城となった。

👀 見どころ

加治丘陵の緑豊かな山林内に完全な形で残る広大な「本丸跡(主郭)」および「二の丸・三の丸」の重厚な曲輪群、本丸と二の丸の間を鋭利かつ立体的に遮断する深さ約8m・幅約12m規模の圧巻の「二重堀切(大空堀)」遺構、主郭縁辺部を巡り現在も高く聳える防衛用「高土塁」および山腹斜面を垂直に削り落とした「切岸」、主郭の技巧的な「桝形虎口」および城内の「古井戸跡」、山麓の名刹・光明寺(三田氏の菩提寺)境内に立つ「三田氏累代の墓・供養塔」、東京都指定史跡標柱・東京都設置の勝沼城跡歴史環境保全地域解説案内板、主郭南端から見晴らす青梅市街地・多摩丘陵・遠く富士山のパノラマ絶景

🍲 ご当地グルメ


概要・現地案内板

勝沼城の築城年代や築城者の名前は不明である。
平将門の末裔と称し多摩川上流地域を領していた三田氏の居城であったが、永禄6年(1563)滝山城の北条氏照によって滅ぼされた。
勝沼城にはその後北条氏照の家臣師岡山城守将影が入って城の改変を行なったため師岡城ともいわれている。
天正18年(1590)八王子城落城とともに廃城となった。
現在三つの曲輪が現存しており、空堀や土塁などの遺構が良好に保存されている。
昭和50年東京都の歴史的環境保全地域に指定され、現在青梅市が管理している。

※現地看板より


城犬のおいど 攻城記録


城山配水場


三の郭


主郭虎口


主郭


案内看板


東京における自然の保護と回復に関する条例に基づいて指定された勝沼城跡歴史環境保全地域です。
鎌倉時代末期の城山の遺構とみどり豊かな自然を守るためゴミを捨てたり土塁を崩したり虫や草木を取ったりしないようご協力ください。

勝沼城跡歴史環境保全地域


勝沼城跡は、館蔵時代末期に三田氏が築いた平山城で、東西400m南北150m城跡には、4つの郭(くるわ)とこれをとりまく土塁や空堀(からぼり)、等の遺構が現在までよく保存されています。そして城跡を包むようにスギ、ヒノキの植林地とコナラークリの落葉広葉樹林が広がり、豊かな自然環境を保っています。東京都はこの歴史的遺産と自然を末長く守っていくために、この一帯を歴史環境保全地域に指定しました。
※現地看板より

妙光院


妙光院の裏手の墓地が二の郭になります。

2025/7最終訪問


🧭 周辺の城郭マップ

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現在の城 訪問済 名城 一般
半径 10km 圏内の城郭(0 城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

JR青梅線東青梅駅北口から北へ徒歩約15〜20分、光明寺裏手の勝沼城跡登城路より本丸跡まで徒歩登山約5〜10分(青梅市東青梅六丁目・吹上・根ヶ布、加治丘陵南麓の独立舌状台地頂部一帯、主郭標高約225m、霞川低地比高約45m)

車でのアクセス

圏央道 青梅ICから都道5号(青梅街道・新青梅街道)経由で西へ車で約10分、または日の出ICから約15分

駐車場

なし

📍 周辺地図

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