甲斐 花咲城
概要・現地案内板 花咲城は、北側はゴルフ場への車道、南側は中央自動車道、主郭には諏訪神社が鎮座する山稜の先端部にある。ゴルフ場への道路の設営によって分断され、本来は、地続きであったものと思われるが遺構は削られ、改変されて… 続きを読む »甲斐 花咲城
概要・現地案内板 花咲城は、北側はゴルフ場への車道、南側は中央自動車道、主郭には諏訪神社が鎮座する山稜の先端部にある。ゴルフ場への道路の設営によって分断され、本来は、地続きであったものと思われるが遺構は削られ、改変されて… 続きを読む »甲斐 花咲城
概要・現地案内板 昭和54年、山城研究家である伊藤正一氏による調査で、この館跡は中世の遺構であり、周囲に壕と土塁をめぐらし、広さはほぼ100メートル四方におよぶことが判明しました。この館に在館した武将の名は明らかではない… 続きを読む »越後 程島館
概要・現地案内板 ここを本拠として15代およそ370年間栄えた新津氏はこの地方唯一の武将で、新津の歴史は実質的には新津氏によって始まりました。金津に城を築いた金津資義の子である越前守信資が新津氏の始祖です。新津城は、山谷… 続きを読む »越後 新津城
概要・現地案内板 伊豆国(現在の静岡県)から源頼朝の命により地頭として派遣された大見一族の大見家久が文永2年(1256)、この下條に館を構え下條氏を名乗ることとなりました。館は、安野川の自然堤防上にあって丸の内と呼ばれる… 続きを読む »越後 下条城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 新城城は、長篠の戦いで戦功のあった奥平信昌によって天正4年(1576)に建てられました。この城は、「しんしろ」という市名の由来になったとされる城跡です。ここが「… 続きを読む »三河国 新城城 [ SHINSHIRO CASTLE ]
概要・現地案内板 新城市作手白鳥の禅源寺の「亀山後伝記」によると、奥平貞俊は応永31年(1424)に川尻城を築き、その後亀山城をこの地に築城して移ったとされる。以降、貞俊・貞久・貞昌・貞勝・貞能の5代までが居城したという… 続きを読む »三河 亀山城
概要・現地案内板 石橋城は、奥平2代貞久の次男、弾正久勝が最初の城主で、近辺の地名「石橋」を称し、三代貞昌の家臣となった。久勝の子、弾正繁昌は、天文6(1537)年9月、主君への謀反が露見し、4代貞勝の命を受けた土佐定雄… 続きを読む »三河 石橋城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 三浦氏の一族である佐原義連は「奥州征伐」の軍功により、頼朝から会津四郡を与えられました。その子盛連には6男があり、長男である大炊介経連が猪苗代を領して猪苗代氏を… 続きを読む »陸奥国 猪苗代城 [ INAWASHIRO CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 亀田城は、亀田城陣屋、天鷲城とも呼ばれ、現在、亀田陣屋跡には亀田城佐藤八十八美術館が建てられています。戦国時代、由利十二頭の赤尾津氏によって統治されていました。… 続きを読む »出羽国 亀田城 [ KAMEDA CASTLE ]
概要・現地案内板 勝山城は、文禄3年(1594)に浅野左衛門氏重によって築城されたと「甲斐国志」に記されている。当時、甲斐国には、江戸の徳川家康に対する備えとして、豊臣秀吉の一族浅野長政が配されていたが、浅野左衛門氏重は… 続きを読む »甲斐 勝山城