伊豆 白水城
概要・現地案内板 白水城は、伊豆半島の最南端である石廊崎方面鍋浦山の山上に築かれた城である。白水城の築城年代や城主など不明なことが多いが、近年発掘調査も進み新たに解明されることも多い城です。遺構は主に山頂付近の主郭部から… 続きを読む »伊豆 白水城
概要・現地案内板 白水城は、伊豆半島の最南端である石廊崎方面鍋浦山の山上に築かれた城である。白水城の築城年代や城主など不明なことが多いが、近年発掘調査も進み新たに解明されることも多い城です。遺構は主に山頂付近の主郭部から… 続きを読む »伊豆 白水城
概要・現地案内板 当城跡は、通称城山と呼ばれる尾根筋の一角にあたる標高312mを測る山上部に位置する。眼下には、東に手取川、西に大日川を望む場所にある。本城の城主は、紀伊雑賀一揆の首領鈴木孫一重秀の一族である鈴木出羽守と… 続きを読む »加賀 鳥越城
概要・現地案内板 興国寺城は、戦国大名北条早雲(伊勢宗瑞)が初めて城主となった城であり、彼の旗揚げの城としても有名な城です。早雲ははじめ伊勢新九郎長氏と称し、駿河守護今川義忠の側室であった妹を頼って今川家に身を寄せていま… 続きを読む »駿河 興国寺城
概要・現地案内板 市場城は、標高380mの山頂にある室町時代の山城です。文亀2年(1502)に初代鱸(鈴木)紀伊守親信が築いてから、文禄元年(1592)に退去するまで90年間、鱸氏の居城でした。(第二代 肥後守長重、第三… 続きを読む »三河 市場城
概要・現地案内板 長篠城は三河国(愛知県東部)と遠江(静岡県西部)との国境に近い場所に所在していました。東三河地域の平野部と山間部との境目であり、交通の要所でもあったこの地は、永禄3年(1560)の今川義元の死後、今川氏… 続きを読む »三河 長篠城
概要・現地案内板 川崎市の最北端、稲城市と市境を接する丘陵地に小沢城址はあります。「新編武蔵風土記稿」の伝えるところによると、鎌倉時代初頭の小沢城址は、小沢小太郎の居城だったようです。この小沢小太郎は、源頼朝の重臣として… 続きを読む »相模 小沢城
概要・現地案内板 高根城は、遠江最北端に位置する山城で、主要街道を押さえることと、信遠国境警備を目的として築かれた城です。15世紀前半に奥山氏が築いたと考えられ、今川配下であったあったと思われるが、今川家没落と武田氏・徳… 続きを読む »遠江 高根城
概要・現地案内板 朝倉氏は館の背後の山上に詰城の一乗谷城を置き、周囲には、西に東郷横山城、北に成願寺城、南に三峯城といった出城を配置して城下を守っていました。一乗城山に築城された一乗谷城には、防御のための施設が極めて良く… 続きを読む »越前 一乗谷山城
概要・現地案内板 越前大野城は、1576年(天正4年頃)、織田信長より大野郡の3分の2を与えられた金森長近により、4年の歳月をかけて築城されていた。当時の城は、本丸に望楼付き2層3階の大天守2層2階の小天守・天狗櫓などを… 続きを読む »越前 大野城
城犬のおいど 攻城記録 戦国時代に小田原北条氏が三浦半島を支配した時に房総里見氏からの攻撃に備えて北条氏康が三崎城の出城として築いたといわれています。水軍の根城として山頂には空堀など城の遺構が残り、下山田・城山とも呼ばれ… 続きを読む »相模 浦賀城