伊豆 下田城
概要・現地案内板 天下統一を進める豊臣秀吉と小田原北条氏の対立が表面化してきた天正16年(1588)北条方の水軍の拠点として下田城が取り立てられ、清水上野介康英が城将となった。海に落ちる断崖に囲まれた天然の要害を利用して… 続きを読む »伊豆 下田城
概要・現地案内板 天下統一を進める豊臣秀吉と小田原北条氏の対立が表面化してきた天正16年(1588)北条方の水軍の拠点として下田城が取り立てられ、清水上野介康英が城将となった。海に落ちる断崖に囲まれた天然の要害を利用して… 続きを読む »伊豆 下田城
概要・現地案内板 丸山城の原型は、海岸に独立する丸山だけで完結した小さな海賊城であったと推定されているが、その築城年代は不詳である。室町時代中期、土肥高谷城主富永氏が西伊豆一帯に勢力を伸張するにおよび、丸山城も高谷城の支… 続きを読む »伊豆 丸山城
概要・現地案内板 白浜板戸の一色の海岸沿いに天保年間(1830~44)に建てられたという沼津清水藩の陣屋があったと伝わる。弘化4年(1847)に作られた白浜村絵図には御役所・御屋鋪・兵粮蔵・武器蔵・焔硝蔵などが記され、常… 続きを読む »伊豆 一色陣屋
概要・現地案内板 伊東を発祥の地として全国に広がった伊東氏は、平安時代末期に、ここに住み着いた藤原南家工藤氏に始まるといわれます。曽我兄弟の祖父伊東祐親の二代前、伊東家次が初代と考えられています。伊東家は、以後鎌倉時代を… 続きを読む »伊豆 伊東館
概要・現地案内板 網代城は肥後の菊池氏の一族である聞間七郎太夫によって築かれたと伝わる。天正17年(1589)に、安房の里見義頼が攻め寄せた際、城主・岡本善左エ門が攻撃を防いだ記録が残っているが、伝承であって事実かどうか… 続きを読む »伊豆 網代城
概要・現地案内板 白水城は、伊豆半島の最南端である石廊崎方面鍋浦山の山上に築かれた城である。白水城の築城年代や城主など不明なことが多いが、近年発掘調査も進み新たに解明されることも多い城です。遺構は主に山頂付近の主郭部から… 続きを読む »伊豆 白水城
おいど攻城記録 諏訪原城ビジターセンター 大手南外堀跡 大手曲輪跡 大手北外堀跡 惣曲輪 番小屋 二の曲輪中馬出 二の曲輪北馬出 堀切 二の曲輪 本曲輪 カンカン井戸 水の手曲輪 二の曲輪南馬出 二の曲輪東内馬出 二の曲… 続きを読む »駿河 諏訪原城
概要・現地案内板 興国寺城は、戦国大名北条早雲(伊勢宗瑞)が初めて城主となった城であり、彼の旗揚げの城としても有名な城です。早雲ははじめ伊勢新九郎長氏と称し、駿河守護今川義忠の側室であった妹を頼って今川家に身を寄せていま… 続きを読む »駿河 興国寺城
概要・現地案内板 高根城は、遠江最北端に位置する山城で、主要街道を押さえることと、信遠国境警備を目的として築かれた城です。15世紀前半に奥山氏が築いたと考えられ、今川配下であったあったと思われるが、今川家没落と武田氏・徳… 続きを読む »遠江 高根城