概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
河村城(かわむらじょう)は、神奈川県足柄上郡山北町山北(旧相模国足柄上郡河村郷)の酒匂川および皆瀬川を見下ろす標高約225メートル(比高約130メートル)の険峻な独立山稜上に所在する中世山城跡である。山北町指定史跡。「河村城址歴史公園」として遺構が良好に整備・復元されている。尾根線上に本城(本丸)、茶臼郭、蔵郭、小郭などの曲輪群が連郭式に配され、各郭間を峻険に分断する「畝堀(うねぼり)」や障子堀、大堀切、土塁、馬出、切岸が明瞭に残る。発掘調査により北条流築城術の特徴である堀底の障子状畝や木橋跡、掘立柱建物跡が確認され、堀切には木橋が復元架橋されている。酒匂川水系の渓谷と足柄峠越えの矢倉沢往還(足柄古道)を抑える要害として機能した。
歴史的役割
平安時代末期に藤原秀郷の後裔で波多野氏の一族である河村秀高が築城したと伝わる。南北朝時代には南朝方に属した河村秀国・河村秀経らが新田義貞の残党らとともに籠城し、観応3年(1352年)から文和2年(1353年)にかけて足利尊氏方の畠山国清らと約2年間に及ぶ激しい籠城戦(河村城の戦い)を繰り広げた末に落城した。戦国時代には小田原北条氏の西相模防衛網の最重要拠点として大改修され、甲斐武田氏の駿州・足柄侵攻に備える境目の城として北条氏家臣・松田康郷らが守備した。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では徳川家康・井伊直政軍の進攻を受け、山中城落城後に開城・落城し廃城となった。
見どころ
本城郭と茶臼郭・蔵郭を峻烈に分断する発掘復元された大規模な畝堀(障子堀)および堀切遺構、堀切に復元架橋された木橋、曲輪縁辺部を取り巻く土塁や馬出状遺構、酒匂川・皆瀬川の天然渓谷に向かって垂直に落ち込む切岸急斜面、河村城址歴史公園内に設置された詳細な縄張解説案内板と城址碑、標高225mの本城跡から酒匂川渓谷・足柄平野・富士山・丹沢連峰を一望する甲駿相境目要衝ならではの絶景パノラマ
ご当地グルメ
足柄牛牛丼・ステーキ、山北町特産すっぽん料理、落合館ヤマメ・鮎料理、丹沢そば、足柄茶スイーツ