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100名城・続100名城 -
別称 河村城址、城山、山北城、河村城跡
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 221m
最終訪問日 2025-08-17

📋 概要スペック

種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者河村秀高
築城年平安時代末期
廃城年天正18年(1590年)
主な城主河村氏、松田氏、北条氏
指定文化財市町村区指定史跡

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:221m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

河村城(かわむらじょう)は、神奈川県足柄上郡山北町山北(旧相模国足柄上郡河村郷)の酒匂川および皆瀬川を見下ろす標高約225メートル(比高約130メートル)の険峻な独立山稜上に所在する中世山城跡である。山北町指定史跡。「河村城址歴史公園」として遺構が良好に整備・復元されている。尾根線上に本城(本丸)、茶臼郭、蔵郭、小郭などの曲輪群が連郭式に配され、各郭間を峻険に分断する「畝堀(うねぼり)」や障子堀、大堀切、土塁、馬出、切岸が明瞭に残る。発掘調査により北条流築城術の特徴である堀底の障子状畝や木橋跡、掘立柱建物跡が確認され、堀切には木橋が復元架橋されている。酒匂川水系の渓谷と足柄峠越えの矢倉沢往還(足柄古道)を抑える要害として機能した。

⚔️ 歴史的役割

平安時代末期に藤原秀郷の後裔で波多野氏の一族である河村秀高が築城したと伝わる。南北朝時代には南朝方に属した河村秀国・河村秀経らが新田義貞の残党らとともに籠城し、観応3年(1352年)から文和2年(1353年)にかけて足利尊氏方の畠山国清らと約2年間に及ぶ激しい籠城戦(河村城の戦い)を繰り広げた末に落城した。戦国時代には小田原北条氏の西相模防衛網の最重要拠点として大改修され、甲斐武田氏の駿州・足柄侵攻に備える境目の城として北条氏家臣・松田康郷らが守備した。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では徳川家康・井伊直政軍の進攻を受け、山中城落城後に開城・落城し廃城となった。

👀 見どころ

本城郭と茶臼郭・蔵郭を峻烈に分断する発掘復元された大規模な畝堀(障子堀)および堀切遺構、堀切に復元架橋された木橋、曲輪縁辺部を取り巻く土塁や馬出状遺構、酒匂川・皆瀬川の天然渓谷に向かって垂直に落ち込む切岸急斜面、河村城址歴史公園内に設置された詳細な縄張解説案内板と城址碑、標高225mの本城跡から酒匂川渓谷・足柄平野・富士山・丹沢連峰を一望する甲駿相境目要衝ならではの絶景パノラマ

🍲 ご当地グルメ

足柄牛牛丼・ステーキ、山北町特産すっぽん料理、落合館ヤマメ・鮎料理、丹沢そば、足柄茶スイーツ


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(1城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

JR御殿場線山北駅南口から徒歩約20〜25分、またはJR御殿場線谷峨駅から徒歩約40分(山北町山北・河村城址歴史公園、標高約225m、比高約130m)

車でのアクセス

東名高速道路 大井松田ICから国道246号経由で御殿場方面へ車で約15分、または新東名高速道路 新秦野ICから約25分

駐車場

有(河村城址歴史公園駐車場、無料約20台)

📍 周辺地図

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