肥後国 人吉城 [Hitoyoshi Castle]
概要 鎌倉時代初期に相良氏の初代当主である相良長頼によって築かれた平山城。球磨川と胸川が合流する要衝に位置し、中世から近世にかけて相良氏35代約700年間の居城として機能した。天然の要害と巧みな縄張りを持ち、近世城郭は球… 続きを読む »肥後国 人吉城 [Hitoyoshi Castle]
概要 鎌倉時代初期に相良氏の初代当主である相良長頼によって築かれた平山城。球磨川と胸川が合流する要衝に位置し、中世から近世にかけて相良氏35代約700年間の居城として機能した。天然の要害と巧みな縄張りを持ち、近世城郭は球… 続きを読む »肥後国 人吉城 [Hitoyoshi Castle]
概要 長尾城は、永正年間(1504〜1521年)に長岡玄蕃頭によって築かれた中世の山城である。長岡氏は平家の落人の末裔と伝えられ、壱岐から南下して石宗の地に居を構えた。尾根上に築かれた城は、東西約33m、南北約22mの本… 続きを読む »肥前国 長尾城 [Nagao Castle]
城犬のおいど 攻城記録 駐車場 崇久寺 凌霄山崇久寺は、鎌倉時代初期に筑後国三潴郡蒲池に移り蒲池姓を名乗った蒲池家の菩提寺である。現在は臨済宗妙心寺派。寺伝では初めは長福寺といい、後醍醐天皇の勅願寺となったが、 兵火を受… 続きを読む »筑後 蒲池城
概要 佐賀県小城市芦刈町芦溝に「宝泉寺館(宝泉寺屋形)」と呼ばれる城館が存在した可能性が指摘されるが、自治体公式サイトや主要な城郭データベースにおいて、明確に「宝泉寺館」として独立した項目・解説を確認することはできない。… 続きを読む »肥前国 宝泉寺館 [HOUSENJI RESIDENCE]
概要 蒲田江城(かまたえじょう)は、肥前国(現・佐賀県佐賀市蓮池町)に築かれた平城です。正平15年(1360年)、南朝方の菊池武安によって築城されたと伝わります。室町・戦国時代には、宇都宮流蒲池氏の庶流とされる犬塚氏(西… 続きを読む »肥前国 蒲田江城 [Kamadae Castle]
城犬のおいど 攻城記録 城山公園 戦国時代、大川では榎津に榎津城が築城された。明治中期まで榎津城町一帯は堀割で囲まれているが花宗川の水利を巧に利用した榎津城は筑後川河口を守る要害の一つであった。元和7年(1621年)に有… 続きを読む »筑後 榎津城
城犬のおいど 攻城記録 登城口 二の郭 地主さんによるごみを捨てないで下さいという虎ロープが張られていたので、今回は下見のみで引き返すことにしました。またの機会に・・・。 2026/6最終訪問
城犬のおいど 攻城記録 津村城跡 津村城跡は、戦国時代に24町を治める国衆(地侍)であった津村氏の城があったところです。堀に囲まれた「字城跡」・「字二ノ丸」を中心に、二重~三重の堀を巡らせて外敵の侵入に備えていたことが、… 続きを読む »筑後 津村城
城犬のおいど 攻城記録 城址碑 柳川城址 柳川藩主立花氏12万石の本拠となっていた平城跡。永禄年間(1558~1569)蒲池鑑盛入道宗雪が、支城として築いたのがはじまりと伝えられています。天守の高さは、10丈7尺5寸1分… 続きを読む »筑後 柳川城
城犬のおいど 攻城記録 玉琳寺 濠跡 大木城本丸之跡碑 大木城は東西80間南北50間、外濠と防提に囲まれ、其内側に二重の濠を廻らした堅城なりしと云ふ。初代城主宇都宮頼綱は、治承(1180)年間、下野国より下向当地に城を拓… 続きを読む »筑後 大木城