筑後 大木城
城犬のおいど 攻城記録 玉琳寺 濠跡 大木城本丸之跡碑 大木城は東西80間南北50間、外濠と防提に囲まれ、其内側に二重の濠を廻らした堅城なりしと云ふ。初代城主宇都宮頼綱は、治承(1180)年間、下野国より下向当地に城を拓… 続きを読む »筑後 大木城
城犬のおいど 攻城記録 玉琳寺 濠跡 大木城本丸之跡碑 大木城は東西80間南北50間、外濠と防提に囲まれ、其内側に二重の濠を廻らした堅城なりしと云ふ。初代城主宇都宮頼綱は、治承(1180)年間、下野国より下向当地に城を拓… 続きを読む »筑後 大木城
城犬のおいど 攻城記録 登城口 少弐景資公之像 龍神山城(岩門城) 龍神山城(たつかみやまじょう)は、龍神山(195m)に築かれた山城であり岩門城(いわとじょう)とも云う。通称は城山(じょうのやま)と呼ばれている。宝永6… 続きを読む »筑前 龍神山城
城犬のおいど 攻城記録 駐車スペース 道路には5台ほど停められる駐車スペースがあります。公式な駐車場ではないので通行の邪魔にならないよう注意して停めて下さい。 登城口 主郭 鷹取城跡 本城は、「東西42間・南北10間、星… 続きを読む »筑後 鷹取山城
城犬のおいど 攻城記録 岩屋城跡(本丸跡) 岩屋城は16世紀半ば(戦国時代)宝満城の支城として豊後大友氏の武将高橋鑑種によって築かれた。同12年彼は主家大友宗麟に叛き城を追われ、代わって吉弘鎮理(後の名称高橋紹運)が城主… 続きを読む »筑前 岩屋城
城犬のおいど 攻城記録 筑紫小学校 筑紫氏居館跡と推定される場所は現在筑紫小学校となっている。そのため、撮影等は控えさせて頂いております。 2026/3最終訪問
城犬のおいど 攻城記録 和布刈公園第一展望台 門司城跡 義経・平家伝説ゆかりの地徒歩10分 門司城(門司関山城・亀城) 門司城は、最初平知盛が源氏との合戦にそなえて、長門国目代紀井通資に築城させたといい伝えられている。寛… 続きを読む »豊前 門司城
城犬のおいど 攻城記録 城山公園 秋山光清歌碑 白山神社 腰曲輪 主郭 二の丸 城址碑 山鹿城は朱雀天皇の天慶年間鎮西奉行藤原の俵藤太秀郷の弟藤次によって築城され、以後代々山鹿氏の居城となり、年を経ること二百四十年山鹿兵… 続きを読む »筑前 山鹿城
城犬のおいど 攻城記録 遠景 石積 松下盤根の記念碑 明治時代、24歳で小学校長となり、後に農業教育に情熱を捧げた人物。 大師堂 石垣 2026/3最終訪問
城犬のおいど 攻城記録 2026/3最終訪問
入口 戦国時代(1467年~1584年)末期の1578年は、筑紫広門氏の端城で、その家臣、村山近江守の子 弾正の城であった。※現地看板より 主郭 腰曲輪 堀と土塁 横堀