筑後 柳川城
城犬のおいど 攻城記録 城址碑 柳川城址 柳川藩主立花氏12万石の本拠となっていた平城跡。永禄年間(1558~1569)蒲池鑑盛入道宗雪が、支城として築いたのがはじまりと伝えられています。天守の高さは、10丈7尺5寸1分… 続きを読む »筑後 柳川城
城犬のおいど 攻城記録 城址碑 柳川城址 柳川藩主立花氏12万石の本拠となっていた平城跡。永禄年間(1558~1569)蒲池鑑盛入道宗雪が、支城として築いたのがはじまりと伝えられています。天守の高さは、10丈7尺5寸1分… 続きを読む »筑後 柳川城
城犬のおいど 攻城記録 玉琳寺 濠跡 大木城本丸之跡碑 大木城は東西80間南北50間、外濠と防提に囲まれ、其内側に二重の濠を廻らした堅城なりしと云ふ。初代城主宇都宮頼綱は、治承(1180)年間、下野国より下向当地に城を拓… 続きを読む »筑後 大木城
概要 持永城は、佐賀県小城市牛津町乙柳に所在した中世の平城である。南北朝期に九州探題として下向した今川了俊(いまがわ りょうしゅん/貞世)がこの地に探題府を構えたことに始まり、その後、子孫が在地武士として根を下ろし、戦国… 続きを読む »肥前国 持永城 [MOCHINAGA-CASTLE]
城犬のおいど 攻城記録 大手門跡 築城当初、表門である大手は城の東に、裏門である搦手は西に位置していた。ここが大手に変わったのは、幕藩体制の基盤が揺るぎないものとなってきた江戸時代の初期と言われていて、正保年間(1644… 続きを読む »信濃 高遠城
概要 蒲生氏郷が築城した平山城。石垣が見事なことで知られ、近世城郭の典型的な縄張を持つ。安土城の石垣技術を受け継ぎ、高石垣で各曲輪を連結させた構造が特徴。城下町と一体となって発展し、松坂商人の台頭を促した。現在は城址公園… 続きを読む »伊勢国 松坂城 [Matsusaka Castle]
概要 1563年(永禄6年)に織田信長が尾張統一後に美濃攻略の拠点として築城。清須城から本拠を移し、山全体を城郭化した総石垣・総構えの初期織豊系城郭であり、後の安土城の原型とも評される。山頂には天守台と推定される石垣が残… 続きを読む »尾張 小牧山城
城犬のおいど 攻城記録 登城口 少弐景資公之像 龍神山城(岩門城) 龍神山城(たつかみやまじょう)は、龍神山(195m)に築かれた山城であり岩門城(いわとじょう)とも云う。通称は城山(じょうのやま)と呼ばれている。宝永6… 続きを読む »筑前 龍神山城
城犬のおいど 攻城記録 駐車スペース 道路には5台ほど停められる駐車スペースがあります。公式な駐車場ではないので通行の邪魔にならないよう注意して停めて下さい。 登城口 主郭 鷹取城跡 本城は、「東西42間・南北10間、星… 続きを読む »筑後 鷹取山城
城犬のおいど 攻城記録 高島城本丸の堀と石垣 高島城は、衣之渡川・中門川などの川を堀とし、諏訪湖と阿原(沼沢地)に囲まれ、縄手だけが城下町に通じていた。天守の石垣と、本丸の正面と東側の石垣は規模が大きいが、西側と南側の石… 続きを読む »信濃 高島城
城犬のおいど 攻城記録 岩屋城跡(本丸跡) 岩屋城は16世紀半ば(戦国時代)宝満城の支城として豊後大友氏の武将高橋鑑種によって築かれた。同12年彼は主家大友宗麟に叛き城を追われ、代わって吉弘鎮理(後の名称高橋紹運)が城主… 続きを読む »筑前 岩屋城