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城址碑あり

筑後 大木城

城犬のおいど 攻城記録 玉琳寺 濠跡 大木城本丸之跡碑 大木城は東西80間南北50間、外濠と防提に囲まれ、其内側に二重の濠を廻らした堅城なりしと云ふ。初代城主宇都宮頼綱は、治承(1180)年間、下野国より下向当地に城を拓… 続きを読む »筑後 大木城

信濃 高遠城

城犬のおいど 攻城記録 大手門跡 築城当初、表門である大手は城の東に、裏門である搦手は西に位置していた。ここが大手に変わったのは、幕藩体制の基盤が揺るぎないものとなってきた江戸時代の初期と言われていて、正保年間(1644… 続きを読む »信濃 高遠城

尾張 小牧山城

概要 1563年(永禄6年)に織田信長が尾張統一後に美濃攻略の拠点として築城。清須城から本拠を移し、山全体を城郭化した総石垣・総構えの初期織豊系城郭であり、後の安土城の原型とも評される。山頂には天守台と推定される石垣が残… 続きを読む »尾張 小牧山城

筑前 龍神山城

城犬のおいど 攻城記録 登城口 少弐景資公之像 龍神山城(岩門城) 龍神山城(たつかみやまじょう)は、龍神山(195m)に築かれた山城であり岩門城(いわとじょう)とも云う。通称は城山(じょうのやま)と呼ばれている。宝永6… 続きを読む »筑前 龍神山城

信濃 高島城

城犬のおいど 攻城記録 高島城本丸の堀と石垣 高島城は、衣之渡川・中門川などの川を堀とし、諏訪湖と阿原(沼沢地)に囲まれ、縄手だけが城下町に通じていた。天守の石垣と、本丸の正面と東側の石垣は規模が大きいが、西側と南側の石… 続きを読む »信濃 高島城

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