肥後国 八代城 [Yatsushiro Castle]
概要 アクセス・探訪情報 おいど攻城記録 三階櫓跡 本丸の鬼門にあたる北東角に設けられていた櫓です。外から見ると三階建ての櫓で、1階約9m×10.8m、2階5.4m四方、3階5.4m四方の櫓でした。※現地説明版より 高麗… 続きを読む »肥後国 八代城 [Yatsushiro Castle]
概要 アクセス・探訪情報 おいど攻城記録 三階櫓跡 本丸の鬼門にあたる北東角に設けられていた櫓です。外から見ると三階建ての櫓で、1階約9m×10.8m、2階5.4m四方、3階5.4m四方の櫓でした。※現地説明版より 高麗… 続きを読む »肥後国 八代城 [Yatsushiro Castle]
概要 佐伯城は、関ヶ原後に入封した毛利高政が八幡山(城山)に築いた近世山城。設計は安土城に関わった市田祐定、石垣は姫路城石垣の指揮で知られる羽山勘左衛門が担当したと伝わり、中世山城の曲輪構造と近世の高石垣技術が融合する点… 続きを読む »豊後国 佐伯城 [SAEKI-CASTLE]
概要 延岡城は慶長期に高橋元種が築いた日向国の代表的近世城郭。二大河川に囲まれた天然の要害と総石垣の組み合わせが特徴で、とりわけ二の丸下の高石垣は「千人殺し」の異名で知られる(石を引けば崩落させ得るという後世伝承を伴う)… 続きを読む »日向国 延岡城 [NOBEOKA-CASTLE]
概要 佐土原城は、日向伊東氏の一族・田島休助が14世紀半ばに「田島城」として築いたのに始まり、15世紀に伊東本家の拠点化で「佐土原城」と称された。戦国期、伊東義祐の下で城域を拡張し、日向支配の中心城郭の一つに。1570年… 続きを読む »日向国 佐土原城 [SADOWARA-CASTLE]
概要 臼杵城は大友宗麟が臼杵湾の丹生島に築いた海城で、のち豊臣系大名・稲葉氏の手で近世城郭へと整備され、天守・31櫓を備えた要害であったが、明治初年に廃城となった。現存の畳櫓・卯寅口門脇櫓は全国的にも珍しい重箱造りの遺構… 続きを読む »豊後国 臼杵城 [USUKI-CASTLE]
城犬のおいど 攻城記録 小倉城庭園 八坂神社 大手先門跡 大手門跡 鏡石 槻門跡 石垣の最下段とその上部で色が異なっています。一段目の石垣は創建当時のものと考えられ、上部の石垣は平成期に再建されたものです。※現地天守内説… 続きを読む »豊前 小倉城
概要 中津城は黒田孝高によって1587年に築城され、豊臣秀吉の九州平定後の拠点として整備された。関ヶ原の戦いの後は細川氏、小笠原氏、奥平氏と続き、廃藩置県により1871年に廃城となった。現在は大分県指定史跡として保存され… 続きを読む »豊前国 中津城 [NAKATSU-CASTLE]
概要 金華山山頂に築かれた山城で戦国期には稲葉山城と称され織田信長の本拠として天下布武の拠点となり現在は史跡と観光地として整備されている 城郭詳細データ 城犬のおいど 攻城記録 御手洗池 むかしうしろの山に伊奈波神社があ… 続きを読む »美濃国 岐阜城(ぎふじょう) [GIFU-CASTLE]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 鞠智城は、7世紀後半(約1,300年前)に、大和朝廷が築いた山城です。当時、東アジアの政治的情勢は、非常に緊張していました。日本は、友好国であった百済を復興する… 続きを読む »肥後国 鞠智城 [ KIKUCHI CASTLE ]
概要・現地案内板 戦国時代より土豪・豪族の間に、この古城をめぐって興亡の歴史を綴りながら、元和7年(1621)有馬豊氏丹波福知山より転封入城し、以降廃藩に至るまで11代250余年の間、有馬家累代の居城として藩府が置かれて… 続きを読む »筑後 久留米城