筑前 水城
城犬のおいど 攻城記録 東門跡 水城の東西端には門が設けられました。ここはその東門跡で、都から大宰府の玄関口でした。大宰府に赴任する官人たちは、水城の門で出迎えを受け、また送り出されました。実際、寛弘2(1005)年に大… 続きを読む »筑前 水城
城犬のおいど 攻城記録 東門跡 水城の東西端には門が設けられました。ここはその東門跡で、都から大宰府の玄関口でした。大宰府に赴任する官人たちは、水城の門で出迎えを受け、また送り出されました。実際、寛弘2(1005)年に大… 続きを読む »筑前 水城
城犬のおいど 攻城記録 名島神社と名島城跡 天正16年(1588年)、九州を平定した豊臣秀吉は、この地に城を築くよう小早川隆景に命じ、名島城を九州守護の拠点としました。慶長5年(1600年)には福岡藩初代藩主黒田長政が入… 続きを読む »筑前 名島城
城犬のおいど 攻城記録 小倉城庭園 八坂神社 大手先門跡 大手門跡 鏡石 槻門跡 石垣の最下段とその上部で色が異なっています。一段目の石垣は創建当時のものと考えられ、上部の石垣は平成期に再建されたものです。※現地天守内説… 続きを読む »豊前 小倉城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 名護屋城は豊臣秀吉が文禄・慶長の役(1592~98)に際し、出兵の拠点として築いた総石垣の城です。黒田官兵衛(如水)の縄張り(設計)で黒田長政、加藤清正、小西行… 続きを読む »肥前国 名護屋城 [ NAGOYA CASTLE ]
概要・現地案内板 この土手状の高まりは、飛鳥時代に国防のために造られた土塁で、水城跡と呼ばれる遺跡です。「日本書記」には、天智天皇3年(西暦664年)に「筑紫に大提を築き、水を貯えさせる、名付けて水城という」と記されてい… 続きを読む »筑前 天神山小水城
概要・現地案内板 上大利小水城跡は、水城跡から西へ800mの所に位置し、尾根間の谷をふさぐように築かれた小さな土塁です。こうした小規模な土塁は、上大利のほかに春日市の大土居・天神山などにも存在し、小水城跡と呼ばれています… 続きを読む »筑前 上大利小水城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 水城跡は記録によると、天智天皇3年(西暦664年)に築かれた防衛施設で、土塁と土塁の外側に平行する濠からなります。太宰府市と大野城市の境にある水城跡(大水城)は… 続きを読む »筑前 大土居水城
概要・現地案内板 木下藤吉郎の墨俣城築城は、太閤記、日本外史、新撰美濃志等多くの文献にみられますが、その概略を推測される範囲でしかありません。昭和52年、愛知県江南市の文化財保護委員瀧雲義氏により紹介された、同市前野の旧… 続きを読む »美濃 墨俣城
城郭DATA -CASTLE DATA- 菊池十八城 概要・現地案内板 戦国時代に菊池氏15代・菊池武政が本拠として築城した城です。菊池市隈府の北側にある城山という丘陵地にあり、「守山城」「雲上城」「隈府山城」とも呼ばれ… 続きを読む »肥後国 菊池城 [ KIKUCHI CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 鞠智城は、7世紀後半(約1,300年前)に、大和朝廷が築いた山城です。当時、東アジアの政治的情勢は、非常に緊張していました。日本は、友好国であった百済を復興する… 続きを読む »肥後国 鞠智城 [ KIKUCHI CASTLE ]