100名城・続100名城
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別称
花尾山城、麻生城、花尾城跡
城址碑
あり
案内板
あり
現存遺構
なし
復元遺構
なし
標高
351.6m
概要スペック
種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者麻生家春
築城年建久年間(1190~1199年)頃
廃城年天正15年(1587年)
主な城主麻生氏
指定文化財市町村区指定史跡
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり | ||
| ※ 基本情報等については、AIを利用して情報収集しているため、誤り等がある可能性が御座います。誤情報や指摘等がありましたらコメントでお知らせください。 | |||
概要
花尾城は、北九州市八幡西区大字鳴水にそびえる標高約351メートルの花尾山山頂および稜線上に築かれた中世山城跡である。洞海湾一帯および遠賀平野、関門方面を一望する天然の要害に位置し、筑前北部を支配した有力国人・麻生氏の代々の本拠城であった。山頂の本丸(主郭)を中心に、二の丸、三の丸、出丸、井戸曲輪などが連郭状・階段状に展開する。主郭を取り巻く石垣(野面積み石積)や土塁、南背後尾根を遮断する深大な堀切、斜面に刻まれた竪堀群、切岸、今なお水を湛える湧水井戸跡(本丸井戸)などが極めて良好に現存する。北九州市指定史跡に指定され、登山道が整備されている。
歴史的役割
鎌倉幕府の開府期に宇都宮重業の子・麻生家春が遠賀郡に入封し、花尾山に築城したことに始まると伝わる。室町時代から戦国期にかけて麻生氏は遠賀・鞍手・八幡に強大な勢力を誇り、大内氏や大友氏、毛利氏ら大大名の狭間で巧みな外交と武勇により本領を維持した。戦国末期には大友方と毛利・秋月方に一族が分裂して激しい抗争が勃発。永禄年間から天正年間にかけ城を巡る攻防が繰り広げられた。天正14〜15年(1586〜1587年)、豊臣秀吉の九州征伐に際して麻生鎮里・山名氏らが抵抗あるいは降伏の末に所領を没収・所領削減され、城郭としての役割を終えて廃城となった。
見どころ
本丸周囲に遺存する中世山城の野面積み石垣群、山頂稜線を断ち切る深大な大堀切、本丸直下に残る石組みの湧水井戸(本丸井戸)、各郭を取り巻く峻険な切岸と土塁、北九州市街および洞海湾・響灘を見渡す山頂パノラマ眺望
ご当地グルメ
八幡ぎょうざ、北九州ラーメン、小倉焼うどん、戸畑ちゃんぽん、くろがね堅パン