100名城・続100名城
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別称
城山、猿喰城跡、猿喰要害
城址碑
あり
案内板
なし
現存遺構
なし
復元遺構
なし
標高
208m
概要スペック
種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者門司親頼
築城年南北朝時代
廃城年南北朝時代
主な城主門司氏
指定文化財指定なし
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
| ※ 基本情報等については、AIを利用して情報収集しているため、誤り等がある可能性が御座います。誤情報や指摘等がありましたらコメントでお知らせください。 | |||
概要
猿喰城は、北九州市門司区大字畑・大字猿喰の境界に位置する標高約210メートルの城山山頂および尾根筋に築かれた中世山城跡である。企救半島中央の山間部に占地し、北の七ツ石峠と南の鹿喰峠という東西を結ぶ二つの街道筋を扼する要衝に位置する。山頂最高所の主郭を中心に南東尾根へ向かって曲輪が展開し、南東尾根を遮断する堀切や切岸、土塁痕跡などの土木遺構をとどめている。現在、山頂部には各放送・通信各社の無線中継鉄塔が立ち並んでいるが、その奥に城址碑と祠が建立されており、北九州市の埋蔵文化財包蔵地台帳にも中世城館遺跡として登録されている。
歴史的役割
鎌倉時代より門司関周辺を本拠とした有力武士・門司氏の支城として築かれた。南北朝時代の動乱期、本城である門司城の門司親尚らが北朝方(足利方)に属したのに対し、猿喰城主の門司親頼は南朝方(宮方)に与して一族で袂を分かって対立した。企救郡内の南朝勢力拠点として抵抗を続けたが、北朝方の門司氏本隊らによる猛攻を受け、親頼ら一族郎党がことごとく討死して落城した悲話が伝わる。南北朝合一後も街道監視の番城・砦として一時利用されたと考えられるが、戦国期を経て近世初頭までに廃城となった。
見どころ
南東側尾根筋を断ち切る一条の堀切、山頂無線鉄塔奥に鎮座する「猿喰城址」石碑と祠、七ツ石峠・鹿喰峠を挟む天然の要害地形、山頂付近からの周防灘および門司市街方面の眺望
ご当地グルメ
門司港焼きカレー、門司港ちゃんらー、小倉焼うどん、関門海峡ふぐ料理、戸畑ちゃんぽん