三河 足助城
城犬のおいど 攻城記録 堀切1 足助城の中心施設と、南の山上に伸びる施設を区切る役割をもった堀です。堀の底を通路としても使っていました。※現地説明板より 北腰曲輪1 本丸 説明板 足助城の中心である本丸は、足助の街並みを… 続きを読む »三河 足助城
城犬のおいど 攻城記録 堀切1 足助城の中心施設と、南の山上に伸びる施設を区切る役割をもった堀です。堀の底を通路としても使っていました。※現地説明板より 北腰曲輪1 本丸 説明板 足助城の中心である本丸は、足助の街並みを… 続きを読む »三河 足助城
概要 佐伯城は、関ヶ原後に入封した毛利高政が八幡山(城山)に築いた近世山城。設計は安土城に関わった市田祐定、石垣は姫路城石垣の指揮で知られる羽山勘左衛門が担当したと伝わり、中世山城の曲輪構造と近世の高石垣技術が融合する点… 続きを読む »豊後国 佐伯城 [SAEKI-CASTLE]
概要 延岡城は慶長期に高橋元種が築いた日向国の代表的近世城郭。二大河川に囲まれた天然の要害と総石垣の組み合わせが特徴で、とりわけ二の丸下の高石垣は「千人殺し」の異名で知られる(石を引けば崩落させ得るという後世伝承を伴う)… 続きを読む »日向国 延岡城 [NOBEOKA-CASTLE]
城犬のおいど 攻城記録 東門跡 水城の東西端には門が設けられました。ここはその東門跡で、都から大宰府の玄関口でした。大宰府に赴任する官人たちは、水城の門で出迎えを受け、また送り出されました。実際、寛弘2(1005)年に大… 続きを読む »筑前 水城
城犬のおいど 攻城記録 駐車場 黒崎城址案内板 城跡碑 黒崎城は、慶長9年(1604年)、筑前福岡藩初代藩主・黒田長政の命により、隣国である豊前との国境沿いに築いた6つの城(筑前6端城)の一つとして築城されました。城主は… 続きを読む »筑前 黒崎城
概要 岡城は、天神山の断崖上に築かれた天然の要害で、中世は志賀氏の本拠、近世は岡藩(中川氏7万石)の居城。1586年の豊薩合戦で志賀親次が島津軍を3度撃退し「難攻不落」の名を揚げた。1594年以降、中川秀成が総石垣の近世… 続きを読む »豊後国 岡城 [OKA-CASTLE]
概要 府内城は、大分県大分市中心部・大分城址公園一帯に築かれた梯郭式の平城である。慶長年間に海辺の低地を埋め立て、石垣と水堀をめぐらせて築かれた「水に浮かぶ城」として知られ、城下町とともに豊後の政治・経済の中心として発展… 続きを読む »豊前国 府内城 [FUNAI-CASTLE]
概要 佐土原城は、日向伊東氏の一族・田島休助が14世紀半ばに「田島城」として築いたのに始まり、15世紀に伊東本家の拠点化で「佐土原城」と称された。戦国期、伊東義祐の下で城域を拡張し、日向支配の中心城郭の一つに。1570年… 続きを読む »日向国 佐土原城 [SADOWARA-CASTLE]
城犬のおいど 攻城記録 名島神社と名島城跡 天正16年(1588年)、九州を平定した豊臣秀吉は、この地に城を築くよう小早川隆景に命じ、名島城を九州守護の拠点としました。慶長5年(1600年)には福岡藩初代藩主黒田長政が入… 続きを読む »筑前 名島城
概要 飫肥城は、日向南部の要衝・飫肥に築かれた群郭式の平山城。南北朝期に土持氏が築いたと伝わり、戦国期には伊東氏と島津氏の争奪戦が100年以上続いた。天正16(1588)、豊臣政権下で伊東祐兵が再入部して以降、明治初頭ま… 続きを読む »日向国 飫肥城 [OBI-CASTLE]